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聞きものの感想をまとめて 4

David R. Montgomery (2022), "What Your Food Ate: How to Heal Our Land and Reclaim Our Health"

作者らが提唱する Regenerative Farming Practices が環境と人の健康を良くするという内容の本。この手の本は非科学的なエビデンスをもとに必要以上に不安を煽って社会の変容を謳うものが多いという偏見を持っているので正直最初は懐疑的であったが、実際はかなりちゃんとしていて、査読された研究を多数参照していたし大して不安も煽っていなかった。が、Regenerative Farming すれば全てが解決できるという雰囲気で書かれているのは気になった。提唱している農法で経営が上手く行ってる農家の事例紹介が複数あったが、失敗事例については1つも紹介されていなかった。そういう事例も無数に存在するはずなのだが。

それから、その農法を使えば phytochemicals やミネラルなど身体に良い物質を多く含む農産物が穫れるらしいのだが、それらが市場でどれくらいの価格で評価されるのかは良くわからない。健康に悪いと知りながらポテチを食べるのが人間なわけで、今現在健康な人たちは同じ野菜なら安い方を選ぶ気がする。(そもそも野菜を食べることを意識している人はどの程度いるのだろうか。)ただ、上手く行けば農作業の省力化も可能らしいのでコスト削減して慣行農法の農産物と多少戦えるのかもしれない。

いずれにせよまだ研究段階の話なのでなんとも言えないが、不耕起栽培とかカバークロップとか上手に組み合わせればそれなりに回る環境に良い農業ができるのかもしれないという期待は得られた。現場での実例が今後増えていって欲しい。

気になった用語

  • System of Rice Intensification (SRI)

萩谷 麻衣子(2017)「知らぬは恥だが役に立つ法律知識」

痴漢、相続、借金、ハラスメント、結婚、相続など気になる法律と判例をざっくりと紹介する本。

弁護士の選び方の話で、該当分野において経験豊富な弁護士を選ぶのが良く、経験が浅い弁護士であれば的確な主張ができず負ける、という話があった。インプットとなる事実(証拠)が同一でも弁護士と裁判官によってアウトプットとしての法解釈(判決)が異なるということに社会のみんなは納得しているのだろうか。上告審で逆転無罪、とかもよくある話だけど考えてみるとかなり変だ。事実は同じで法律を解釈する人が変わってるだけなのに結果が変わってしまう。属人的であり再現性が無いのはどうなんだろうか。解釈になるべく幅が生じないように立法したり法令を改正したりするのが根本的な解決なんだろうけど、望み薄な気がする。

そう考えると三権分立というどでかい制度改革が実現できたのはかなりすごいことに思える。敗戦という大転機があったからそういうことができたのかもしれない。それでもモンテスキューが「法の精神」を書いてから200年くらい経ってからのことではあるのだが。

気になった判例

気になった用語

  • 夫婦財産契約
  • 強制執行認諾文言
  • 違法収集証拠

ジャレド・ダイアモンド 著(1997)、倉骨彰 訳(2000)「銃・病原菌・鉄」

人類は複数の場所で社会集団を形成していったが、集団間で技術獲得のタイミングや生活様式が大きく異なったのはどうしてか、ということを様々な調査や研究結果から考察する本。集団間の差は環境によるもので、構成する人間の能力には差はなかった、という趣旨の内容が何度も出てきて、そこははっきり主張しておきたいという意志を感じた。

銃と鉄の話はあまり出てこなかった。勝手にタイトルを変えるとすれば「地形、野生種、家畜、言語、病原菌」という感じだろうか。

中学の地理、高校の生物の教科書に出てきた内容も多かった。今では教科書に載るレベルで通説となっているものも、出版された1997年当時はかなり衝撃的だったんじゃないか。1997年出版というのが信じられない。最後の、歴史も科学的に分析しようぜという提言は今でも響く内容に思う。

William J. Holstein, Michael McLaughlin (2023), "Battlefield Cyber"

中国とロシアが情報戦強いし水面下で動いてて目につきにくいからけっこうやばいよ、という内容の本。そこそこ興味持ってネット記事とかで追ってきたテーマではあったが知らないことが多かった。気づかれないように少しずつ毒を盛っていくストラテジーはやっぱ強いよなあと思う。後半で Zoom と TikTok をアメリカから ban しようと言ってて、そんなのできるのか?思ってたら最近アメリカの上院で TikTok 利用禁止法案が可決された。

大げさに書かれている部分も多く、2割引くらいで読むのがちょうど良さそう。例えば Chapter 7 でクラウドを使うことについてこう書かれていた。

Jane continues with another house analogy to explain a second challenge. What if an adversary organization pays to join a cloud. Let's say you have a room you rent to someone and that person starts to steal everything in your house. That's pretty much what we see happening in the cloud. Anyone can get access to the cloud. You just have to subscribe to a provider's services.

いや全然ちがくね?まあでも国防が脅かされるとなると多少警戒しすぎるくらいが良いのかもしれないが。でもこの章ではプライベートセクターのセキュリティについてわりと語っているので、うーん。

中国の国家情報法がどこまで効力を発揮しているのか未だによくわからない。けどやっぱり胡散臭いよなあという印象は強い。

気になった用語

思い出したリンク

Samir Okasha (2016), "Philosophy of Science: A Very Short Introduction 2nd Edition"

第ニ章までは科学史的な内容で、どのような過程を経て現在広く受け入れられている科学的方法が出来上がったかを解説していて面白かった。第三章から先は、Realism vs anti-realism とか、トマス・クーンの言うscientific revolutions とパラダイムシフトとは何なのか、みたいな内容で微妙だった。

哲学はあるラインを超えるととたんに興味がなくなってしまう。抽象的な概念の対比や批判を研究室の先生が「空中線」と表現していたのを思い出した。言い得て妙に思う。そういう着地点の見えない議論が時間の無駄で無意義に感じてしまうのだと思う。人生はタイパなので。

科学哲学については必要に応じて各分野の専門家が考えれば良い気がしている。

思い出した論考

品田 遊(2021)「ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語」

ダ・ヴィンチ・恐山さんのすごさを知った。ただの大喜利強いウェブライターではなかった。「考え方」について書くことにおいてめちゃくちゃ器用な人だと思う。

(あとがきで恐山さんも言っていたが)反出生主義に関してネットで行われている「論争」がお互い全然噛み合ってなくて(それこそ空中線)で不毛だなーと思っていたが、その噛み合わない部分を物語の登場人物同士の会話を通じて噛み合わせて、現実と接地しながらも抽象的な話を盛り込んでいて、すごかった。

稲垣 栄洋(2016)「面白くて眠れなくなる植物学」

中学、高校で習った内容をいい感じに復習するような本だった。理屈が微妙だったり仮説レベルのものを事実のように言っている部分もあったが、概ね正確なこと言ってそうだったし、物事の理由について解説している部分が多くて良かった。

一部引っかかったところを調べた。

「植物の血液型は?」のセグメント内

人間用の血液検査を行うと人間の血液と同じような反応を示す物質があることが知られている。1割ほどの植物には人間と似た糖タンパクを持つものがあることが知られている。ダイコンやキャベツはO型、ソバはAB型。

人間の赤血球にある糖鎖(あるいはそれと構造が一部一致する物質)が植物にも存在するというだけの話だと思う。「血液型」と表現するのはだいぶミスリーディングだし、実際「植物 血液型」で検索すると(この本を出典に)勘違いしている雑学ブログが大量にでてくる。赤血球の糖タンパク質ついて話すならもう少し踏み込んで血液の凝集反応とインゲンマメのレクチンの話をしてほしかった。

「カラフルなトウモロコシの謎」のセグメント内

AA と aa の遺伝子型を交配させて得られる F1 品種は Aa の遺伝子型となり、すべての種子の性質が揃うので栽培に都合が良い

理屈がおかしいと思う。すべての種子の性質を揃えたいのであれば AA あるいは aa 同士で交配させることでも可能なはず。F1 種子が栽培に都合が良いのは2つ以上の遺伝子を考える場合で、2つの形質、あるいは2つの遺伝子によって発現する1つの形質がある場合、 AAbb x aaBB → AaBb のような交雑をさせることでF1世代でほしい形質を発現させることができるためだろう。

「カラフルなトウモロコシの謎」のセグメント内

被子植物で卵細胞に加え中央細胞も受精するのは、3倍体だと胚乳を多く作ることができるから

そうなのか?と思って調べたらそういう仮説がある、程度の確度だった(2008年時点)。

重複受精、高校の生物で頑張って覚えたなあ、というのを思い出して、あれはなんのための勉強だったんだろうと感じる。もちろん大学進学するにあたって、合格点を取るために必要な勉強ではあったのだが、農学部に進学してさえもまったく使わない知識だった。この知識を使うのは植物生理学系の研究室のさらに受粉機構を研究対象としてる人くらいなんしゃないか。こんなニッチな情報をなぜ高校生物で広く教えているのか本当に謎である。学習指導要領作ってる人に聞いてみたい。一方でホームセンターで売ってる化成肥料に書かれているNPKが何なのかについては大学に入ってから知った。家庭菜園は大学教育を受けた人にのみ許される高尚な趣味らしい。

受験というプロセスを用いて若い人たちを篩にかけて「優秀」な人たちとそうでない人たちを選別しているという現実があまりに残酷で悲しくなる。なんかもっと義務教育レベルの知識を皆がある程度の水準で生涯にわたって持ち続けられるような形の教育が実現したらいいのになあと妄想する。

安田 峰俊(2023)「北関東『移民』アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪」

全然知らない世界について生々しく書かれていて面白かった。ただ、この本を読んだ人が、失踪したベトナム人技能実習生はみな覚醒剤キメるか無免許運転してる、みたいな印象を持ってしまうのではないかと不安になった。特殊事例は面白いけど印象に偏りが生じがちだ。データがないのでわからないけど、職場が辛くて失踪した後(違法状態ではありながらも)黙々と農作業を続けてる人もいるんじゃないか。憶測や感想、ヘイトを掻き立てるような言い回しも多かったのが気になった(「軽すぎる刑」など)。ルポルタージュの良い面と悪い面がどちらも強く出ている本だと思う。

バランスを取るために客観的なデータを摂取した。

大石 哲之(2014)「コンサル一年目が学ぶこと」

面白半分で聞いたのだが、結論から話すとわかりやすいとか、仮説検証のプロセスは大事とか、出典は大事とか、案外良いことも言っていた。相手の求めているものをくみ取る能力を鍛える、のところは、指示を出す側が誤解が無いように細かく指示を出すべきだろ、と思った。

海外旅行が好きで、毎年必ず2回は海外旅行して、多い年は7回行ったというマウントが出てきて憤慨した。

○○をやってしまうと上司 or クライアントにめちゃくちゃ怒られます、という理不尽地雷例がいくつか出てきてコンサル業界大変なんだなあと思った。そりゃあ年7回海外旅行しないとやってらんないか。

終始コンサル業界に適応するためにはという内容で、コンサル業界はこの本を読んだ人たちによってそのまま再生産されていくのだろうと思った。業界の破壊と革命について誰か本を書いてほしい。