多田文明(2005)「ついていったら、こうなった―キャッチセールス潜入ルポ」
タイトル通り、色んなキャッチセールスについて行ったという内容のルポ。うち 2 つくらいは作者が普通に引っかかった失敗談で面白かった。内容にそこまで脚色も無さそうで、謙虚な性格である印象を受けた。
「帰りに吉野家の牛丼並(280 円)を食べた」という描写があって、安っ!!と思った。今は店内価格税込み 448 円。自分が作ったグラフのサイトで見ると 2003 年はほんとにそうだった。2013 年にも同じくらいの値段まで下がってる。(自分が作ったものを活用できて嬉しい。)
島田直行(2018)「社長、辞めた社員から内容証明が届いています」
弁護士が書いた、中小企業の社長向けのコンサル本。社員とのトラブルを避けるためにどのような経営をするのが良いかという内容の本。副題の通り法律の条文は出てこない。訴訟は可能な限り避けるべしというのが大前提として書かれており、中身もどんな採用面接が効果的かとか社員をどう評価するのが良いかといった内容が中心。そのぶん内容がすんなり頭に入ってくるし事例も多くて良かった。
気になった用語
- 公正証書
- 労働審判
- 民事調停
新田龍(2021)「問題社員の正しい辞めさせ方」
ツイッターでたまに見かける人の本。釣りみたいなタイトルだけど中身は真っ当で面白かった。判例法理があるので法文上は大丈夫に見えるけど不当解雇と判断され得る事例があるので気をつけましょうといった話や、整理解雇には 4 要件があるといった話など。結論としては就業規則をちゃんと作成して、法令を遵守しましょうという感じだった。
黒田隆二シリーズ
- (2021)リストラする前に知っておくこと
- (2021)残業代請求問題解決の切り札 定額残業代制度導入
- (2022)合同労組・ユニオン対応
企業の経営者向けに書かれた本。世の中の企業が遭遇する各課題についてのアプローチ方法を解説している。地味だけど蔑ろにできない現場的な内容が中心で良かった。合同労組・ユニオン対応の本では、近年出現している新しいタイプの労組について紹介していて、中には恐喝してくる労組もあるから気をつけろ、とか凄みのある話が載ってて面白かった。
Richard D. Wolff (2012), "Democracy at Work: A Cure for Capitalism"
第一部と第二部は CDS と ABS でリーマンショックが云々、socialism とはなにか、とかの話(あまり記憶にない)。アメリカがなぜ union busting に積極的なのかの歴史的/文化的経緯が説明されていたところは面白かった。第三部は、 Worker Self-Directed Enterprises (WSDEs) が社会を変えられるという内容。こうすれば労働者の待遇、ひいては社会が良くなる、という特大サイズの風呂敷を広げていた。考え方は共感するところが多いけどエビデンスが弱いと感じる。
正直期待していた内容とは異なり、個人的には途中ちらっとだけ紹介されていた Mondragon Corporation やその他 workplace democracy が成立している企業の事例が知りたいと思った。なので調べた。
調べている中で「労働者協同組合」というものを知った。2022 年 10 月 1 日に労働者協同組合法が施行されたらしい。僕が求めていたのはこれだ、という感じがする。
Democracy の話ではないが思い出した
濱口桂一郎(2021)「ジョブ型雇用社会とは何か」
「私が定義した単語が誤った使われ方をしている」という入りだったので、言葉の定義をつつく系の本か、と思ってあまり期待していなかったのだが、言葉を定義した背景と周辺の事実の解説が大量に行われている非常に情報量の多い良い本だった。日本の終身雇用制と年功序列制が抱える矛盾と課題を浮き彫りにしている。いろんな制度が導入された経緯や、判例法理などかなり入り組んだ話もしていて、聞くだけでは理解できなかった部分が多かった。いつか気が向いたらじっくり調べながら活字で読みたい。
気になった用語
- 能力考課、情意考課
- 地位確認
- 技能検定
- 教育訓練給付制度
- 生産管理闘争
- 企業民主化試案
Hannah Arendt (1958), "The Human Condition"
うーん、途中で挫折してしまった。がっつり「思想」の本で、こう捉えることができる、こう考えることができる、というのをずっと書いている。最初の方と、労働についてのところだけはちゃんと聞いたけどあまり記憶に残らず。(労働と消費は生活環と同様に円を成し、すなわち自然の理として人々は労働を尊ぶのである云々)
デヴィッド・グレーバー 著 , 酒井 隆史 訳 , 芳賀 達彦 訳 , 森田 和樹 訳 (2020)「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論」
原著は 2018 年に出版されている。自分の仕事をクソだと考えている人たちの証言をたくさん集めて紹介して、そうした仕事が発生してしまう理由の解明を試みる本。考察の部分は「〜と思われる」「〜からだろう」を連発するしマルクスとか神学とか右派とか左派とかムズカシイ話を持ち出してきてつまらなかった。リン・チャンサーのサド・マゾヒズムの概念はあらゆる社会的開放の理論の基礎となり得るとか言っていた部分は特に意味不明だった。
世の中には何のためにあるのかわからない仕事があって、それに不満を持ちながら従事している人がいるというのは、きっとそうなんだろうなと思う。その問題提起のために分厚い本を書いて世間の注目を集めたという意味では有益な本なのかも。
香取照幸(2017)「教養としての社会保障」
濃密な本だった。社会保障を構成するものを一つ一つ取り上げて、データとともに超丁寧に解説している。海外の事例や代替手段となる政策も挙げていて興味深かった。
中学高校で習った内容もあった気がしたがそんなものは記憶から抜け落ちている。20 代すぎると大部分の人間が社会保障に関する知識なんて忘れてるんじゃないか。なのに選挙権持ってるのすごい。社会人に中学社会科の公民の試験を受けさせて、点数が良い人にお金あげるべき。
気になった用語
- 社会保障の 4 本柱
- 救貧、防貧
- 職能団体
- 地域保健
- 職域保険
- 財産税法で天皇が課税された話
- 内部留保税
- 総論賛成各論反対
Raymond Wacks (2014), "Philosophy of Law: A Very Short Introduction"
法学(jurisprudence)を解説している本。有名な人たちの思想とそれらが法学に与えた影響、法律と倫理は分離できるか、Justice とは何か、など。前半は「アクィナスは自然法を good と evil で捉えて...」といった話が続き、抽象的な話が多くて記憶に残らなかった。後半は近代のムーブメントの話で興味深かった。
僕がどちらかというと判例とか法文の方に惹かれるのは、権利とか倫理といった抽象的なものを頑張って具体化しようとしているところに価値と面白さを感じているからなんだろうなと思った。あと改めて感じたけど長い解説が必要なコンセプトやイデオロギーが総じて苦手だ。「誰々が言う」という前置きがつくようなものはなおさら(「グラムシの言う『ヘゲモニー』」とか「センの言う『ケイパビリティ』」とかそういう類のやつ)。そういうのをいくら解説されてもなるほど!と合点がいく瞬間が訪れない。というか長い解説が必要ということはそれだけ解釈に幅があってふわっとしてるってことなのではないか。あるいは僕にそれらを理解するための知性や感性が欠けているということなのか?みんな理解できているのか?
気になった用語
- Riggs v. Palmer
- Legal Positivism
- Legal Realism
- Critical Legal Theory
William Bynum (2008), "The History of Medicine: A Very Short Introduction"
タイトル通り薬の歴史を見ていく本。全く知らない分野の話だったので新鮮だった。瀉血をすると体の中の老廃物が出ていく、などそれっぽい理屈で効果のない治療を行っていたという話が出てきたが、今でも医者に瀉血しましょうと言われればやってしまいそう。あとは梅毒の治療に水銀を使っててその結果歯が抜け落ちたという話とか。知識の蓄積でだいぶ遠くへ来たんだなあと感じる。歴史がリセットされたらまた同じ道を歩むのだろう(リセットしなくても歩んでいる人たちはすでに一部いる)。西洋医学がメインだったので漢方とか鍼灸はどう評価されているのかは気になった。
John Snow の話を初めて知った。瘴気説(miasma theory)が支持されていた 1854 年当時のロンドンでコレラが流行したのだが、Snow はコレラのクラスター発生地を地図にプロットし、ある水道会社の供給エリアで発生率が高いことを突き止め、いろんな家からサンプルをとって分析して、コレラは水を通じて広がることを解明したという。めっちゃ科学。本には出てこないけどクロイツフェルト・ヤコブ病とか日本住血吸虫症とかも原因特定した人たちすごすぎませんか。
毎日新聞取材班(2019)「強制不妊――旧優生保護法を問う」
ニュースでなんとなく聞いたことのあった話だったけど思っていた以上に悲惨な話だった。非行が多いから強制不妊手術をしたとか、予算消化のために積極的に手術を遂行することを国が奨励していた、など驚く話ばかりだった。当時は人口が増えすぎることへの懸念が社会的にあったらしく今との感覚の違いがわかる。ほんの 50 年前まで実施されていたのもすごいが、ほんの 50 年の間で社会の倫理観が「欺罔して強制不妊手術しても可」から「人権侵害であり看過できない」にまで変わったのも興味深い。
強制不妊の問題は報道をきっかけに社会的な関心が高まり、さらに毎日新聞を含め複数の報道機関が独自で各自治体に問い合わせをしてデータをまとめて公表している。ジャーナリズムの社会的な影響力と重要性を感じることができる。
思い出したもの
- あすなろ福祉会
- 北海道のグループホームが入居者に対して不妊・避妊処置を求めていたのが 2022 年に問題になった。
- 旧優生保護法に基づく強制不妊手術数日本一を誇る北海道にある施設であることは偶然なのだろうか。
Danielle Keats Citron (2022), "The Fight for Privacy"
non-consensual intimate images をネットで拡散される被害が生じており、被害者は救済されていないという話。盗撮被害の話はかなり胸糞悪かった。法律はあてにならないし法改正は期待できないので Civil Rights として認められるのを目指そう、という話をしていて、あまり理解できなかったけど興味深かった。アメリカではそういうアプローチがあるらしい。
韓国で盗撮が問題になっているという話が出てきて、ハングルで検索してみたら面白い記事が出てきた。パラノイアになりそう。あるいはこれが現実なのだろうか。
第 5 章で匿名での裁判について書かれていた。
The plaintiff asked the federal trial court for permission to proceed under a pseudonym.
以前からアメリカでの匿名での裁判が気になっていた。今回ちょっと調べて良さげな資料を見つけた。長すぎて読んでないけど Value to the public が判断の要になるみたい。けどケースバイケースで一貫してはいなさそう。
気になった用語
- Molka
- Cyber Civil Rights Initiative (CCRI)
- IWF
千葉雅也(2022)「現代思想入門」
デリダ、フーコー、ドゥルーズ+ガタリ、ラカン、ニーチェ、マルクス、フロイト、メイヤスー、マラブーをざっくりと紹介する本。内容はよくわからなかったが哲学を個人や社会の分析に使うのはやっぱ弱くね?という感覚は残った。
第五章で精神分析の話が出てきて、仮説に仮説を重ねて仮説を導いていて、それを断定口調で話していてすごかった。一応作者も
精神分析とは人間精神についての一つの仮説であり、少なくとも実践的には意味がある・効果があることが当事者によって報告されているものです。仮説だというのは、フロイトやラカンの理論が現代の自然科学とどう対応づけられるのかまだはっきりしていないからです。近年脳科学の新しい理論である、イギリスのフリストンらの自由エネルギー原理が注目されていますが、これは精神分析との親和性の高いもので、その観点からフロイトを再検討する論文も書かれています。
と弁護している。だとしても 80 年以上経ってもほとんど実証されていないことに疑問を感じないのだろうか。少なくとも僕は長らく実証されていない心理学の仮説は捨てて行った方が良いと思ってしまう。解釈を行うのが楽しいというのはわかるが、それが人間や社会を捉えるための学問として扱われているのが僕にはどうも理解できない。
すごく否定的な書き方になってしまったけど、ポストモダン思想をざっくりと知りたいとは以前から思っていて、それを完全に満たしてくれる良い本だった。