メインコンテンツまでスキップ

読み物:人権と国家

筒井清輝さんの「人権と国家」を読んだ/聞いた。重厚な本だった。人権の概念がいかに世界的に広まったか、国際人権がどのように実践されているか、国際人権にはどのような課題が残っているかが解説されている。

感想がとっちらかってしまったので3つに分割する。

人々を倫理的にするためには

奴隷解放運動が成功したことについて以下のように述べていた。

これらの経済構造の変化や帝国主義的利害の確保など、様々な要素が複合的に絡んで奴隷貿易撤廃が進んだのであり、奴隷貿易廃止のための国際法廷そのものが果たした役割も、そこでのイギリスの人道主義的なコミットメントも、必要以上に強調されるべきものではない。しかし、大筋ではマルティネスが主張するように、奴隷貿易の残虐性の前に、その痛みに共感し、奴隷も身体の尊厳を守られるべき人間と認識したイギリス発の反対運動がその撤廃に大きく貢献したことは疑いない。... 時間はかかっても、最終的には目標を達成したという点で、奴隷貿易撤廃運動は現代の人権運動にも大きな示唆を与える歴史的な国際人権運動であったことは間違いない。

(Kindle 版 p. 29/210)

ここで言っている「経済構造の変化」とは産業革命のことで、以下のように解説している。

まず第一に、1世紀に起こった経済構造の変化が奴隷貿易をめぐる政治的計算に与えた影響がある。奴隷労働に支えられたカリブ海地域諸国での砂糖栽培など大きな経済的利益をもたらす植民地産業が、プランテーションの所有者の力を強めていたが、産業革命が進んだイギリスでは、次第に工場労働に経済の軸足が移り、プランテーションの所有者に代わって新しい産業を動かした資本家が中心的勢力として台頭してきた。これによって、奴隷貿易の必要性は減じられ、奴隷貿易撤廃によるイギリスの経済的損失は限定的であったと言われる。

(Kindle 版 p. 28/210)

「啓発」や「意識を高める」だけで人間に倫理的に行動するように仕向けるのには限界があるように思う。物質的な動機は啓発以上に人を動かすようにさえ思える。物質的な欲求を満たし、ついでに倫理的である、みたいな解決策が個人的に一番わくわくする。

社会はゆっくり前進している

社会の意識が変化するのには時間がかかるということは覚えておこう、と言っていたのも印象深かった。

もう一つ特記すべきは、1817年に最初の奴隷貿易廃止条約が結ばれてから、1862年にアメリカ合衆国がこの条約に加盟して、事実上大西洋間の奴隷貿易が終わるまでには45年もの歳月を要したということである。強大な覇権国家であったイギリスをもってしても、また奴隷貿易廃止のようなかなり広範な倫理的支持のあった問題であっても、人権の実践の改善にはこれだけ長い時間がかかったのであり、制度的に深く根付いて、既得権益がある社会制度の改革には長期的な取り組みが必要なことは、銘記しておかなければならない。

(Kindle 版 p. 30/210)

ただし、ここでもその変化の遅さには注目しておかなければならない。1840年代から活発な運動が起こっていたアメリカでも、女性の参政権が実現したのは1920年、スイスに至っては、運動が始まって100年以上経った1971年までかかったのである。現在の先進国が、例えばアフガニスタンなどで女性の権利の前進のペースの遅さを批判する場合、自分たちの国でもこのようなジェンダーに関わる社会的規範の変化には相当の時間を要したことは認識しておかなければならない。

(Kindle 版 p. 33/210)

What We Owe The Future でも似たようなことを言っていた。

For many previous social movements, change took time. The first public denouncement of slavery by the Quakers - the Germantown petition - was in 1688. The Slavery Abolition Act in the British Empire was passed only in 1833, and several countries abolished slavery after 1960. Success took hundreds of years.

(Kindle 版 p. 311/448)

人類は少しずつ成長しているので気長に待とう、という気分になるが、同時に、今この瞬間にも人権が侵害されて苦しんでいる人がいるのでもたもたしていられないというアンビバレンスがある。

その他感想

  • 他所でも似た言説を見かけたが重要に思うので引用しておく。人権界隈では有名な考え方なのだろうか。

    普遍的人権思想の根底にあるのは、他者への共感である。しかも、自分もした同じ経験をもとにする他との共感・同感(sympathy)ではなくて、見知らぬ他者の、自分ではしたことのない経験に思いを馳せて感じる他者への共感(empathy)が重要になってくる。

    (Kindle 版 p. 20/210)

  • 国連の人権の実践の例として1999年の東ティモールでの国連の暫定統治や、2011年のリビア内戦で国連安保理の決議で軍事介入が行われたことなどを挙げていた。不勉強ゆえそれらのほとんどを知らなかった。しかし普段の生活からあまりに距離のある話なのでそのうちまた忘れてしまう気がしている。

  • 気になった用語

    • カラス事件
    • 民族自決権
    • 保護する責任(Responsibility to Protect)