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読み物:What We Owe the Future

William MacAskill さんによる What We Owe The Future を聞いた/読んだ。将来世代が良い人生を送れるように、今の私達がどのようなリスクに着目し、どれを優先してどう取り組むべきかを考える本。William MacAskill さんも Effective altruism の発起人の一人で Toby Ord さんと共著を出していたりする。

どのようなリスクが存在するか、という内容に関しては Toby Ord さんの The Precipice と重複する内容が多かったが、 The Precipice との主な違いは、 What We Owe The Future では作者自身の道徳的立場について丁寧に解説しているところにある。とりわけ Population ethics (人口倫理学)についてわりと踏み込んだ解説が行われていたのが良かった。日本語圏ではなぜか反出生主義の知名度がやたらと高いが中心となる議題はだいたい同じだと思う。

Chapter 3 で人類の道徳が前進した歴史的事例として奴隷制度廃止運動について詳しく述べていた。社会の価値観がここまでドラスティックに変わるのは言われてみればたしかにすごいことだよなあと気付かされた。頭の中では歴史的なイベントだったことを認識していながらもその重要性についてはあまり考えていなかった。本の中で出てくる Benjamin Lay の活動の話などを通じて、実在した人々によって実際に起こったことだったのだなと一気に現実味を帯びた。人々の「啓発」が果たして良いことなのか懐疑的に思ってしまうことが多々あるのだが、自分が啓発を受ける瞬間はやはり気持ちが良いし説得力を感じてしまう。

Chapter 8 と Chapter 9 は Population Ethics の議論を交えて作者の道徳的立場を述べている章だった。思考実験や道徳的理論やその反論を通じて作者は子孫を残すことは道徳的に正しいことであると説いている。それは別に良いのだが、僕は普遍的な正義の追求よりも、個人がそれぞれ持っている倫理観と、それらが社会全体においてどれくらい浸透していて共有されているのかについて興味がある。具体的には、子供を作る際、結果的に happiness に溢れた命が生じるのか misery に溢れた命が生じるのかが不確実であるということをどの程度認識しているか、ということと、misery に溢れた命を作り出す倫理性についてどの程度考えているのか、ということが知りたい。多くの人の場合そもそもそういった倫理的な考慮はしておらず、子供が欲しいか否かを第一の基準として行動していると僕は予想しているのだが、実際のところどうなのかはアンケートでも取らないとわからない。僕が知る限りこのような研究は無い。人々がもっと気になりそうな個々人の net positive life 評価についての研究すら少ないらしい。

Unfortunately, despite the importance of the issue of how many people have net positive lives, the psychological data we have on it is extremely limited. Out of 170,000 books and papers published on subjective wellbeing, only a handful have directly addressed the question of for whom life is positive on balance.

(Kindle 版 p. 249/448)

その他感想

  • 普遍的な正義の追求みたいな論考を読むたびに退屈だなあと思ってしまう。導入となる思考実験とかは面白いけど、あまりに非現実的な仮定を置く場合が多いのでそこから先の演繹は眠たくなる。 Repugnant Conclusion も「すべての人間が同程度の幸福を経験する世界」みたいな設定を平気で出してくるので、それを現実世界にどう当てはめるんだ?と考えてしまう。ただ、 Repugnant Conclusion について考えることが子供を作る倫理性について考えるきっかけになるとするならば実用性があるのかもしれない。

  • The Intuition of Neutrality という概念が出てくるのだが intuitive かどうかを勝手に決めるな!と思った。

    The view that the world is made better by having more people with sufficiently good lives is often regarded as unintuitive. Philosopher Jan Narveson put it in slogan form: "We are in favour of making people happy, but neutral about making happy people." One of my PhD supervisors, economist-turned-philosopher John Broome, called this the "intuition of neutrality" - the idea that bringing someone with a good life into existence is a neutral matter.

    (Kindle 版 p. 214/448)

    しかも途中で

    However, there are many situations where the intuition of neutrality is very unintuitive.

    (Kindle 版 p. 215/448)

    とか言ってて、ここで intuitive であるとしているのはどっちだっけ?みたいになって読みづらかった。

  • 人々が良い人生を送っているかどうかを考える、という部分で作者はこのように言っていた。

    So, I would guess that on either preference-satisfactionism or hedonism, most people have lives with positive wellbeing. If I were given the option, on my deathbed, to be reincarnated as a randomly selected person alive today, I would choose to do so. If I were to live through the lives of everyone alive today, I would be glad to have lived.

    (Kindle 版 p. 257/448)

    はっきりとこう言えるのは素直にすごいと思った。

  • Longtermism 系の本を3つ読んだ/聞いたことになるがその中で一番得るものが多かった。