吉川祐介さんの「限界ニュータウン 荒廃する超郊外の分譲地」という本を読んだ。吉川さんは、本人がやっている「資産価値 ZERO -限界ニュータウン探訪記-」という YouTube チャンネルで知った。非常に特殊なテーマを扱っているにもかかわらずかなり人気のあるチャンネルで、綿密な調査と順を追った解説が面白い。YouTube でおすすめに出てこなければ出会うことのなかった人の一人だろう。
僕がこの手の社会課題を扱った本が好きなのは、より良い社会を夢見たいという願望によるところも無くはないが、それ以上にわけわからん世の中を少しでもわかりたい、というのが大きいと思う。なのでなにか本を読んだ後は「いろいろ新しいことを知ることができて良かった」という薄っぺらい感想になりがちで本の魅力を人に伝えられず悲しくなることが多いのだが、まあ面白い本が読めたという幸福感を味わえたのならそれ以上望むことは無いのかもしれない。やっぱり社会課題は一筋縄ではいかないんだなあとニコニコしながら振り出しに戻るのである。
読みながら一番思ったのは法律は設計が難しいなあということ。これはこの本を読む前から思っていることではあるものの改めてそう思った。昔からある法律が足かせになって全く前進できずに放置されている課題は世の中に無数にある。法律になってなくても、それまでの慣習が力を持っている現場とかも無数にある。僕は普段ソフトウェアをいじってるのでそれと関連付けた発想になってしまうが、肥大化したソフトをリファクタするのはすごく大変で、それと同様に法律や規範もそう簡単に変えられるものではないので最初の設計はやっぱり大事なんだよなあと思う。けど誰も未来を予測し得ない中で利害関係者がなんとか合意できるいい感じの法律を作るのも無理な話だよなあとも思う。(どうでもいいけど個人的にリファクタは部屋を片付けたときのような達成感があってかなり好きだ。)
それにしても吉川さんのリサーチ力と考察力は飛び抜けてると思う。なにより執念がすごい。僕には圧倒的な知識量で殴られたいという欲求があって、この本はそれを十分に満たしてくれる。大学院時代に受けた限界集落とか地方の課題についての授業でどっかの大学の教授が書いた本を読まされたが、実地調査についても書かれてはいたもののその他の部分が共同体主義丸出しで死ぬほどつまらなかった。限界ニュータウン本はかなり中立的でありながらも合間にエッセイのような形で個人的な経験や思い入れが織り交ぜられていて何倍も面白かった。吉川さんは現在大学に所属しているわけでは無いのでいわゆる在野研究者として分類される人なんだろうと思う。もともと社会問題に興味があって深掘りするタイプの人らしく、三重県の某共同体や某宗教団体を実際に見に行っていたらしい(あまりに尖っている...)。クーロン黒沢さんと相互フォローなのも頷ける。こういう人たちは本心から興味を持っている対象について好きに調査して発信していくので面白いし惹かれる。
2017 年から限界分譲地めぐりを始めたとのことなので 5 年の蓄積が書籍になった形だ。課題を抱えた分譲地に関してかなりの数の事例を調査しているし、それぞれの背景や考察も緻密で余裕で論文になるように思う。論文にしなくても社会系の研究界隈では「本を出す」ことで研究者として箔が付くという文化があるのでもうそれだけでなんかの学位をあげたほうがいいんじゃないか。本人のブログで「残念ながら僕の力量では、執筆だけで飯を食っていくのは困難だったようである」と書いてあるけど、なんとか本人が興味あることで食えていけそうとのことなので喜ばしい。