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エリック・ホッファー

今年 28 歳になった。

月並みな話だが、僕にも「人生を変えた一冊」がある。エリック・ホッファーの The True Believer (邦題は「大衆運動」)だ。この本を読んだ当時、精神がかなり不調な時期だったこともあり、エリック・ホッファーに影響を受け(すぎ)て 28 歳を人生の節目と捉えてきた。22 歳だった当時は、社会に対する失望と周りと馴染めない昔からの疎外感からニヒリズムに逃げていた。結局自己や将来といったものと折り合いがつけられないままホッファーという偶像を信仰してしまった時点で読者として失格なのだが、今は多少客観的でいられるようになっていると思う。

というわけで 28 歳の誕生日を迎えるのに合わせて未読だったホッファーの自伝を読んだ。徹頭徹尾やはり僕が惚れたエリック・ホッファーだった。何事も要領よく器用にこなす超人で、話し好きで、人の弱さをわかっていて、普遍的な共感と優しさを生み出してしまうすごい人だと思う。

邦訳版にはオリジナル版にはない、シーラ・K・ジョンソンによるインタビュー「七十二歳のエリック・ホッファー」も収録されている。

インタビューの中で、引退後波止場近くのアパートに引っ越す前、気が狂いそうなくらい騒音がひどいところに住んでいて、耐えかねて近所の子どもたちにビンや物を投げつけ始めたというエピソードを語っていて笑ってしまった。そんなホッファーは嫌だ。

それからこのようなことも言っていた。

技術を習得すれば、たとえその技術が役に立たないものでも、誇りに思えるものです。

技術に限らず知識全般についても同じことが言えると思う。僕も何かを誇りに思いたくて技術や知識に縋ってきた。The True Believer を読んだ当時はちょうど思いつきで Python を勉強し始めた頃でもあった。わけもわからず文字の羅列を写経していた。6 年後にはエンジニアとして働いていて、私生活でもプログラミングが大きな比重を占めているということは当時の自分には想像もつかなかったことだ。思考も少しは健全になっていると思う。

6 年でこれほどまでに生活と心境が変わるということに驚くと同時に恐怖している。人生は振り子のようだという話があるが、幸せの総量が変わらないのならば静止していてほしいものだ(できれば幸せの方に振れた状態で)。

伝記のうち 28 歳までの文章は 4 分の 1 程度だった。単に時間と共にホッファーの記憶が薄れていっただけなのかもしれないが、28 歳以降の彼の残りの人生がそれだけ印象に残る密度の濃いものであったのだと信じたい。